アングロアラブと日本の競馬史

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サラブレッドと比べて、生産頭数の多かったアングロアラブは、前述のとおり丈夫さを持ち合わせており、また連続出走もこなせたという事もあり、在厩頭数が少なくても継続的に開催を行いやすいため、引き続き競走馬として盛んに生産が行われていたようです。
時の需要から非常に数を増やしたアングロアラブ種ですが、日本の競馬史において名前を残した馬も多く、中央競馬ではタマツバキ、セイユウ、シュンエイにイナリトウザイ、地方競馬ではホウセント、フクパーク、オグリオー、タイムライン、ローゼンホーマを始めとして、数多くの強豪を生み出し、平成期に入ってもトチノミネフジ、スズノキャスターなどサラブレッド種とも互角以上に渡り合う様な名馬と呼ばれる馬が数多く登場しました。
時代背景もあり、需要があったアングロアラブ種は、生産頭数が1960年代初頭まではサラブレッド系のそれを上回っていましたが、アラブ系競走はサラブレッド系競走と比較してスピードが劣ることや、競走においての賞金も安く抑えられていたこともあって、サラブレッドの生産頭数が増加してゆくのに伴い、アングロアラブに対する需要は薄れていきました。
中央競馬においては、昭和20年代後半に抽せん馬のみ出走可能な様に変更された後は、一時期の小倉競馬場で行われていた3歳馬(旧)の自由購買馬による競走を除き、抽せん馬のみで競走が行われたために馬資源が乏しいという事態にもなりました。

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